無我夢中にサブ50

フルマラソンをキロ4で走る男のブログ

両親。

ども!

ご来訪ありがとうございます。

今日も朝活です。

f:id:toshi1135:20180102085700j:image

今日は120分ウォーク、プランク、サイドプランク、クランチ、内転筋トレ、ニーベントウォーク。

寒い…

てか膝治ったな。

でも1月4日に鍼灸整骨院に行くのでそこまではウォークにする。

ちょうどいい休足とする。

てか120分歩くのって結構根気がいるわww

この根気が学生の頃あれば今頃キャリア官僚になってたかもしれんな。

さてお題の通り今日は両親について。

今まで子供達のことはよく書いているがあまり両親のことは書いていなかった。

帰省中というこの機会に少し触れてみたい。

まずは親父から。

親父は宇和島で産まれ育ち高校を卒業後、大阪に就職した。

大阪では繊維関係の工場に勤めてて、当時給料の殆どを競艇に突っ込むような生活をしていたらしいww

そんな生活も長く続く訳もなく、多少の借金を背負い宇和島にカムバックした。

宇和島に帰ってからは鮮魚店を起業し、時の流れに乗りかなり儲けたらしい。

具体的には分からないが、若干24歳にして自宅を建てたほど羽振りは良かったらしい。

その後、母親と出会い結婚、そして、長女、次女、俺の3人の子宝に恵まれた。

親父の性格は職人って感じで、待たされるのが大っ嫌い、そして情に熱い。

若い頃は怖くて親父に怒られるのは嫌だったが、叩いたりするようなタイプではなく、俺たち姉弟がどうしようもない時に出てきて怒るって感じだ。

そんな親父も今や爺ちゃん。

あの怖かった面影は一切なく、かなり優しい。

てか、本当の姿はこっちなのかもしれないな。

ちなみに俺は23歳の時に転職しているが、その時、実家に帰り転職するまでの間面倒をみてくれと頼んだ。

専門学校まで出て就職していたので、かなり怒られる事を覚悟で伝えた。

すると「分かった。」の一言だった。

しかも転職するのに少し勉強が必要だったが、親父は事あるたびに「勉強しよるか?」とか声をかけてくれた。

この時に親父にはまだまだ勝てないなぁと心底思った。

そんな親父ももうすぐ70歳。

今もまだ現役で働いていて、子供達を連れて帰ると、いつも子供達が大好きないくらを本当にびっくりするほど大量に買ってくれている。

照れ屋で職人気質なのでいくらを買ってることをばぁちゃんに言わしてるけどねw

孫に首ったけなんだろうw

こんな感じの親父の口癖は「ワシは若い頃はモテた」だw

この発言の信憑性はイマイチだねw

そして次は母親。

母は松野町っていう高知県との県境の本当に小さな町で産まれ育った。

8人兄妹で家はお世辞にも裕福とは言えなかったらしい。

なので母は中学校卒業後、大阪に就職した。

大阪で数年働き宇和島にカムバック。

そこで父親と出会い結婚、出産という感じ。

母は大阪時代のことをあまり多く語らないので、あまりいい思い出はなかったのかもしれない。

母の性格は一言。

天然。

これに尽きるw

天然エピソードは後に触れることとしたい。

母は本当に働き者で、父親が羽振りがいい頃からずっと働き続けており、そんな母が気に入らなかったのか、祖母との折り合いは悪かった。

でも、子供ながらに母は本当に働き者だと思っていた。

中学高校の頃、母は昼間は車の部品シートを作る工場にで働き、夜は中華料理屋で働いていた。

今思うと、父親の稼ぎが年々少なくなっていて、俺や姉を進学させようと必死で働いてくれていたのかもしれない。

本当に沢山働いていた。

今もヘルパーで働いている。

そんな母を見ていたためか、自然と俺も働くことに抵抗がなく、高校の時は謎に新聞配達をしていたw

今思えばこの頃から朝活だww

そんな母は本当に優しく、俺が家を出てからはちょくちょく松山に来ては好きなものを鱈腹食べさせてくれたり、月に2回以上は食べ物などを送ってくれた。

そして帰省するといつも親父に隠れてお小遣いをくれていたw

母の働く姿を見ていたからこそ、転職もうまくいき今があるのかもしれないな。

そんな働き者の母だがマジで天然だ。

これまでやってきたことは数え切れないw

彼女はみたらし団子を注文したにも関わらず、みたらしをのけてね。と言ったりする。

この時は、普通に団子を頼めと家族全員に突っ込まれていたww

そして、今年の大晦日にこれまた天然を披露。

それは奥さんと年越しソバを作ってくれていたが、奥さんが配膳する時にニヤニヤしていた。

どうしたかとソバを見たところ、そこにはエビ天ではなくエビフライが乗っていたww

どうやら急いで買ったのでエビ天とエビフライを間違えたらしい。

しかし、間違えたもののエビがないと寂しいので、まぁいいかということで乗せたとのこと。

これには皆んなで大爆笑したww

こんな感じの両親に育ててもらったが、両親ももうすぐ70歳。

今はまだ元気だが、もっと話す機会を増やしたい。

俺が走り始めてからは、毎年「トシ、今年も愛媛マラソン走るんか?新聞に名前載るんか?」と聞いてくれる。

俺が走るのを楽しみにしているのかもしれない。

そんな両親を喜ばせることができるよう今年も愛媛マラソン頑張って走りたい。

それも一つの親孝行かもしれないね。

f:id:toshi1135:20180102094721j:image