無我夢中にサブ50

フルマラソンをキロ4で走る男のブログ

初マラソンの裏側。

ども。

ご来訪ありがとうございます。

今日も朝活です。

本当は休もうと思ったけど、ちと仕事のストレスが溜まってて走りたくなったので軽く逝ったw

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今日も無敵。

無敵を使って1週間くらいかな?

使用感は後日書くとして、今現在変わった事を包み隠さず書いておきたい。

いい事も悪い事もあるから。

今後、両足の親指の爪が死ぬと思う。

左はもう半分はげてて、右は半分内出血してる。

時間の問題。

それと、左の親指の腹にマメができてる。

そして最後に左足のヒラメ筋やアキレス腱に張りがある感じ。

これが今大きく変わった点。

今後継続してみないとどうなるかは分からんか。

さて、俺の初マラソン

2015年8月末から走り始め迎えた、2016年2月14日、高知龍馬マラソン

この大会で、愛媛マラソンのアスリート枠を取るためサブ3.5を目標にしていた。

結果。

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30キロ以降人間の最終形態になったものの何とかサブ3.5を達成した。

ただ、この裏側で物凄いドラマが起こっていた。

有名な話だが、レース中当時65歳男性が心肺停止状態に陥り倒れた。

そして、後続ランナーが彼を救った訳だが、その後続ランナーは、医師2人、看護師3人、救急救命士2人という奇跡的メンバーだった。

男性が倒れてから直ちに医師達による胸骨圧迫が施され、その後AEDも届き、倒れた男性は後遺症もなく元気になった。

この時、男性を助けたランナーは全て時間制限を過ぎて記録なし。

俺が必死で走っていた裏側で、同じランナーが必死で命のリレーを繋いでいた。

そして、男性を助けた7人のランナーは「記録よりも命」と言われていた。

同じ状況になったとして、俺も助けたんだろうか?

その時になってみなきゃわからないが、救助に当たったランナー達は本当に凄い人達だ。

そして、昨日の某テレビ番組で知ったが、2016年に倒れたランナーは、その後ランニングを再開し、今年の高知龍馬マラソンに出場し、サブ5で完走されたそうだ。

そして、同じ高知龍馬マラソンに、2016に男性の救助に当たった医師1人、看護師1人、救急救命士1人が参加されていた。

ラソンで繋がった縁。

不思議な縁。

高知龍馬マラソンも素晴らしい大会だ。

また出たいなぁと思った。

ちなみに2回目はこんな感じで走った。

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3回目はガチでもいいかな。